▨ 「ちゃんと」を手放して、好きなように表現してみる

ちゃんとを手放して、好きなように表現してみる/ひとりごと

クリエイターに憧れている。

0から1を生み出す人たち。

何も無いところから、形にしていく。

文章だったり絵だったり、写真や映像、ハンドメイドの作品だったり。

創造。作り出す。

すごいなと思う。

そうやって自分を表現している人たちに憧れる。

わたしは何ができるだろう。

文章も絵も得意ではない。

写真だって好きではあるけれど、プロみたいには撮れない。

未だにカメラの設定は分からない。

何だったら、できるだろう。

何だったら、自分を表現できるだろう。

何だったら、ちゃんと表現できるだろう。

ちゃんと、上手に。プロレベルに。

あぁ、そうか。

誰に見せても褒められるような、すごい作品を作れなければ得意と言ってはいけない。

「これが自分の作品です。」

「これがわたしです。」

と、胸を張って言ってはいけない。

そう思っていたんだな。

いいんだよ、上手じゃなくても。

いいんだよ、プロレベルじゃなくても。

いいんだよ、自分の好きなように表現すれば。

誰かに認められることが大切なんじゃない。

いいんだよ、好きなようにやれば。

数年前に横浜の赤レンガ倉庫で開催された、とある展示会に写真を出展した。

富山に引っ越したばかりの頃、風景写真をよく撮っていた。

なんとなく考えもせずに、「あ、いいな」と思う風景を撮った。

それを出展した。

オープニングセレモニー?で、出展したクリエイターやアーティストたちが集まった。

そのときに隣に展示されていた写真家が話しかけてきた。

その人はアドバイスをしてくれた。

構図をしっかり考えたほうがいいよ。

えっ、PCでレタッチ(色味の編集など)したの?

僕はレタッチなんか一切していないよ。

カメラの設定をこだわって微調整して
この作品を撮った。

もっといろいろ考えて撮らないと。

たまたま撮れただけじゃダメなんだよ。

頼んでもいないアドバイスは、ただの大きなお世話だ。

あぁきっとこの人は、そういう撮り方が好きなんだな。

この人はそれを良しと思っているんだな。

今の自分だったらそう思って右から左に流せる。

だけど当時のわたしは、彼の言葉を正面から受け止めてしまった。

ちゃんと考えて撮らないとダメなんだ。

カメラの設定もしっかりやらなくちゃ。

〖たまたま撮れた〗ではダメなんだ。

そう思い込んでしまった。

そこから風景写真が撮れなくなった。

「なんとなく」「楽しいから」撮る。

自分がいいなと思ったものを好きなように撮る。

それでいいんだよ。

そう今の自分に言ってあげた。

心が温かくなった。

いいんだよ、好きなように表現すれば。

それがステキなんだ。

おしまい